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健はいつもわたしの部屋に来ると、自分でハンガーにジャケットをかけて、慣れた感じでテレビをつける。財布とエアポッツと車の鍵を一か所にまとめて置く。そしてインスタントのコーヒーを飲むためにお湯を沸かして、座椅子に座る。コーヒーは健が自分のために買ったもので、わたしは飲めない。座椅子はひとつしか無いから、わたしはとりあえず床に座って、健が自分で色々やっているのを黙って見てる。もてなさなくて良いから楽だけど、自分の家で出来ることだなってたまに思ったりもする。

健の過ごした一日を知りたいと思っていた頃が懐かしい。今日はどうだった?と聞いても、いつもと同じだよと言う。具体的に教えてよと食い下がっていたけど、何時にご飯を食べて何時に商談があって云々なんてスケジュールを言われてがっかりするから、いつの頃からか聞くのをやめてしまった。わたしが知りたいのはスケジュールじゃないよと騒いだところで、健が話したいことも今日の出来事じゃないから噛み合わない。 

恨めしそうなわたしの視線に気づいて、どうしたのと聞いてきたから、サッカーにすりかえて不満を言ってみたけど、今良いところだよと言って相手にしてくれない。健なんて放っておいて先に寝ようと思って、ベッドに寝転んで携帯をいじっていると、テレビの音しかしないことに気が付く。目をやると、やっぱりテレビを付けっぱなしで寝てしまっていた。カフェイン摂取しても、絶対寝るんだから、せめてテレビ消せよと思う。

起こそうかと思ったけど、健がお風呂に入ってないことに気づいてやめた。私の力じゃベッドに運べないし、無理やり起こす気力もない。

テレビを消して毛布をかけた。頭を触っても一向に起きる気配はない。まじまじと健の顔を見つめる。長い睫毛に少し上を向いた鼻。目鼻立ちがはっきりしていて相変わらず可愛い顔をしているけど、なんだか少し頬がこけた気がする。

 

電気を消して寝ようとしたら、ラインの通知が来て、通知をオフにするのを忘れていたことに気がついた。ラインを送ってきたのはこの前遊んだ男で、大した内容でもなかったし、健はわたしの携帯を勝手に見たりしないけど、通知は不可抗力で目に入ってしまうだろうから、一応オフにしている。後ろめたさは0では無いけど、バランスを保つには必要で、小さな嘘の積み重ねで成り立っていることがほとんどだと思ってる。